浜松周辺にある身近な風景のうち、未来に伝えたいものを写真を中心にお伝えします。

ブルーインパルス

 11月25日に13万人以上の観客で賑わったエアフェスタ浜松2018、昨年度から駐車場は事前申し込みによる完全予約制に成ったため基地周辺は目立った交通渋滞も無かった様に思われました。

 24日に行われた前日訓練、例年は隊員家族や身障者等を含む関係者だけに公開されていましたが、本年度から基地周辺の住民も対象となり例年以上の人で賑わい、入場者の少ない雨天時のエアフェス以上の人が来られて居たようです。

 

 エプロン地区で目立つ塗装のT-4がありました。

 

 来年日本で開催されるラグビーワールドカップ2019のPRの為、特別塗装をしたT-4機体で、袋井市のエコパスタジアムで日本Xアイルランドの試合が予定されているので浜松としても力が入ります。

 

 エプロンの東に一際大きな航空機が目に付きました。

 

 新型輸送機C-2です。始めて見ましたが大きいです。C-1より一回り以上大きい様に感じました。愛称は Blue Whale(シロナガスクジラ)だそうです。

 

 午後はブルーインパルスの前日訓練も行われました。
 以下、ブルーインパルスの前日訓練をまとめましたのでこちらでご覧ください。

 

 

ヒガンバナ

 「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、連日の酷暑で悩まされた日々が嘘のように過ごしやすく成り、ヒガンバナも咲き始めています。
 毎年決まって同じ時期に咲くヒガンバナを見てお彼岸を思い出す人も多いのでは無いでしょうか。

 

 

 彼岸花科の多年草であるヒガンバナは別名や異名も多くマンジュシャゲとかマンジュシャカ という名前は有名で、これらはサンスクリット語から来ているそうです。
 また、地獄花・幽霊花・狐花とも言われ以前は不吉だと忌み嫌われた花でも有りましたが、近頃は色鮮やかな花にカメラを向ける愛好者も多いようです。

 

 

 ヒガンバの毒は水溶性で、水で洗って薬にしたり作物が不作の場合は非常食にも成ったりと人が生きていくための救荒植物としても役に立っていたようです。

 また、田んぼのあぜなどに多く見られるのは、モグラや野ネズミから田んぼのあぜを守る生活の知恵だと言われていますが、その説は定かではないようです。

 

 

 元々人里に生息するヒガンバナを山間部や森林でも見かける事が有るのは、飢餓に備えて人の手で植えられたと考えられ、かつては人が住んでいた場所だろうと推測できます。ただし、有毒植物なので素人が簡単に利用するのは危険だそうです。

 

 

 彼岸花には葉がないと思っている人も多いと思いますが、花が終わった後に深緑の細い葉が、花の咲いていた場所一面に出て来ます。

 

 

 開花時期には葉は無く、葉のある時期には花は無いので「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味で「相思華」とも呼ばれるそうです。

 

 

 不思議な程毎年同じ時期に咲くヒガンバナですが、実はヒガンバナの開花は気温に関係するそうで、20~25度になると咲き出すそうで、この辺りでは丁度お彼岸の頃がこの気温になるようです。

 

 

 ヒガンバナの自生する北限は東北地方で、福島辺りでは10月頃に咲くそうですが福島出身の先輩方、この話合っていますでしょうか・・・・・・・・

 

 

レンコンの花

 浜松市でもかつてはレンコンの栽培が盛んに行われていたようで、私が住んでいる中心部に近い南区辺りでもレンコンの花を見かける事は珍しくありません。

 さて、レンコンの花と言ってもピンとくる人は少ないかもしれませんが、蓮の花と言えばご存知の人も多いはずで、その蓮の花こそがレンコンの花なのです。

 

 見るからに有りがたそうなレンコンの花は仏教には欠かすことの出来ない花で、花の中心部に有る花托(かたく)がハチの巣に似ている事から、古くは「はちす」と呼ばれていたそうです。

 レンコンの花を仏教では『蓮華(れんげ)』と言い、仏像でもお釈迦様や阿弥陀様は蓮華座の上に鎮座され、法華経では「 南無妙法蓮華経 」と念じます。

 私たちになじみが有る所では、中華料理等で用いる『レンゲ』が有ります。レンゲの語源は、その形を散り落ちた蓮華の花びらに見立てたもので、正しくは散蓮華(ちりれんげ)と言うそうです。

 

 ところで、レンコンに穴が開いているのは御存知だと思いますが、何個穴が開いているかと聞かれても、はてな????ですね。

 レンコンの穴は、例外を除き凡そ8~9個開いていています。実はレンコンの花の中心部、花托にも穴があり、その数はレンコンの穴の数と同じです。

 ご存知のようにレンコンは、池の底の泥の中で成長して行きますが、花托の穴から茎を通ってレンコンの中まで空気は運ばれているんです。

 レンコンの種子は、花が散った後のジョーロの様な花托の中に堅い表皮で守られて発芽する時期を待っていますが、発芽能力を長い間保持する事ができ、2000年前の種子から発芽した記録もあるそうです。また、食用にもなり中国や台湾の月餅などはレンコンの種子を加工したものです。

 

 レンコンの花、蓮には少し変わった性質が有り、綺麗な水だと小さな花しか付けず水の濁った泥水の方が大きな花を咲かせるそうで、その泥水が濃ければ濃いほど大輪の花を咲かせるそうです。

 

 生死を共にする言葉に『一蓮托生』と言う熟語がありますが、極楽往生し、同じ蓮の花の上に生まれかわると言う思想が語源だそうです。

 仏教では、蓮華は「蓮は泥より出でて泥に染まらず」と言う教えが有るそうで、清らかさの象徴として讃えられていますが・・・・・・・

 仏教でいう蓮は、本来睡蓮の事だそうです。

 

梅雨もまた楽しからずや

 今年も梅雨の季節になり、うっとおしい日がしばらく続きますが、同時に花が綺麗な季節でもあります。

 雨が似合う花と言えば、真っ先に思い当たるのがアジサイでしょう。

 

 シトシトと降る、梅雨の雨には実にアジサイはよく似合います。

 

 私たちがアジサイの花と思っている部分は実は花では無く、一般的な花のガクに当たる部分で、花のように見えるので装飾花とも言います。

 アジサイの花は装飾花の真ん中にある小さな球形のもので、気象台が出すアジサイの開花宣言は、これが開いたことを言います。

 

 アジサイの漢字表記に用いられる紫陽花は、唐の詩人白居易がライラックに付けた名前を、平安時代の学者源順がこの漢字をあてたことから誤って広まったと言われているそうです。(Wikipediaより抜粋)

 

 花菖蒲もアジサイと並び雨に似合う花の代表でしょう。

 

 種類も多く、江戸系・伊勢系・肥後系・長井古種の4系統の他、アメリカでも人気が有り育種も盛んで外国系と、約5,000種類有るそうです。

 

 『いずれがアヤメかカキツバタ』と言われるようにどれもよく似ています。

 ハナショウブとアヤメとカキツバタは一見見分けが付きにくいですが、乾いた土地に咲いて居るのがアヤメで、ハナショウブとカキツバタは湿った水田の様なところに咲いていて、花びらの付け根が黄色いのがハナショウブ、白いのがカキツバタと特徴を知っていれば簡単に見分けがつきます。

 

 花菖蒲と名前には菖蒲が付いていますが、菖蒲湯に使う菖蒲はショウブ科で花菖蒲はアヤメ科と、全く別種の植物の植物だそうです。

 

 

空から浜松を見てみよう!!

 3月17日に基地でCH-47の体験搭乗があり、私も載せて頂ける幸運に恵まれましたので行ってきました。

 

 何時も見慣れている浜松の風景も、上空から見入ると全く変わって見え、今見てる風景は何処なのかわからないこともありました。

 

  中田島砂丘も上空から見ると砂丘も小さく、かつて日本三大砂丘と言われたとは思えない有様に成って居ました。

 

 そして、目につくのが太陽光発電のソーラーパネルです。

 

 再生可能エネルギーの活用を推進する政策はよくよく理解はしてはいましたが、これほど多いとは思ってもいませんでした。

 

 しかし、まだ私が見たソーラーパネルも自然破壊と言える程には思えませんでしたが、伊豆の方では山を切り開いてソーラーパネルを設置するなどの自然破壊への問題にも成っているようです。

 

 浜松にも山は多く、ソーラーパネルの設置も他人事とは思えない事です。

 

 再生可能エネルギーの活用の為に自然破壊するのは本末転倒のように思えます。

 

 浜名湖は上空から見ても綺麗ですね

 そろそろ潮干狩りの季節、今年は浜名湖で潮干狩りは出来るんでしょうか・・・・

 

 

富士山を撮る

 

 2018年、平成30年が始まりました。
 新年らしく、富士山頂からの初日の出『ダイヤモンド富士』をご覧くださいっと言いたいところですが、実は4月に田貫湖で撮影したものです。

 お正月に『ダイヤモンド富士』見たいですよね。
 一番簡単な方法はヘリコプターに乗る事ですが、これでは費用が掛かりすぎますね。

 では、地上から富士山頂からの初日の出は見れないのか・・・・・・

 

 画像の赤い線は、富士山頂と中央アルプスの千畳敷カールを結んだもので、この線上に有る場所からなら何処からでも富士山頂からの初日の出を見る事が出来ます。

 簡単に行ける場所はほとんど有りませんが、そんな中でも手軽に行ける場所が一か所あります。

 本栖湖の近くにある『富士本栖湖リゾート』はヘリコプターに乗らなくても富士山頂からの初日を見る事ができます。

 有料の施設で入園料、大人1000円。ただし、かなり混雑する事は間違いありません。

 

 初日の出に関しての『ダイヤモンド富士』をお正月に見る事は中々難しいのですが、夕日の『ダイヤモンド富士』なら、そんなに苦労しなくても見る事が出来ます。

 

 夕日の『ダイヤモンド富士』は山中湖周辺で見る事ができます。

 日の出の『ダイヤモンド富士』が見れる期間は約1週間ほどですが、夕日の場合は山中湖の北岸から東岸(画像の赤線)にかけて2月下旬頃までの約1ケ月半、毎日どこかで見る事が出来、駐車場も何か所かありますので便利です。

 見に行く場合は、画像に有る日にちを参考に、何処の駐車場を利用するか事前に調べておく事をお勧めします。

 

長楽寺の秋

 9月に入り暑いながらも秋らしい風を感じられるようになりました。
これから三寒四温を繰り返しながら季節は移り、紅葉の時期を迎えることでしょう。

 今月は季節を少し先取りし、紅葉の『長楽寺』のお話です。

 『長楽寺』は浜松市北区細江町気賀に有る古刹で、大河ドラマで有名になった同区引佐町の龍潭寺とは山を挟んで隣り合わせの位置にあり、庭が素晴らしいお寺です。

 長楽寺の庭園は龍潭寺と同じ、小堀遠州作庭と伝えられ、約200株のドウダンが植えられ、そのドウダンが秋には見事に庭を紅に染めます。

 正式な名称は『真言宗高野山派 光岩山 長楽寺』平安時代初期に弘法大師によって開かれたお寺だそうですから、1200年ほど前の事になります。

 天分年間に仏閣寺坊が全焼しますが再建され、最盛期には七堂伽藍が立ち並ぶ立派なお寺で、寺領25ha(約75000坪)東京ドームの5倍以上の広さが有ったそうです。

 昭和22年の農地解放(農地改革)で寺領がなくなり一時的に荒廃していきます。

 庭は小堀遠州作と伝えられていますので、江戸初期に作庭されたようです。

 龍潭寺の庭にもドウダンが見られることから同時期か、あるいは長楽寺の方が先に作庭されたようにも推察出来ます。(現存する客殿などはこの時代の物だそうです)

 庭園は回遊式庭園で、眺めるだけでなく庭に入って散策することが出来ます。

 しかし、本来は客殿の座敷に座って鑑賞するように設計されているそうです。

 

 そして回遊式ならではの鑑賞位置がもう一か所、築山の上にあります。

 此処からは浜名湖を借景にした庭の趣が楽しめ、当時は大名等特権階級の楽しみだったそうですが、今は誰でも楽しむことが出来ます。

 

 庭園の有る境内には本堂は無く、庭園の北の山の中腹にある巨岩の元に有りましたが老朽化による倒壊が懸念されるため解体され現在は残っていません。

 山号の光岩山は、この巨岩が陽光を受けて光った話が由来だそうです。

 

 御本尊は馬頭観音で、客殿わきの小さな護摩堂に祀られています。

 馬頭観音はサンスクリット語でハヤグリーヴァと呼ばれ馬の首を意味するそうです。

 馬頭観音は、馬の首から上の部分を頭に乗せて居られるのが普通だそうですが、長楽寺の馬頭観音が頭に乗せられている馬は胴体も足もある馬全身の像だそうで、これはきわめて珍しいそうです。(静岡県では2番目に大きな馬頭観音)

 

 長楽寺の梵鐘は静岡県では2番目に古いもので、鎌倉時代の作だそうです。

 梵鐘には『遠江国引佐郡気賀庄長楽寺嘉元三年乙巳四月十日鋳之』の鐘銘も有り貴重な文化財ですが、現在はひび割れなどが入り、突かれる事はありません。

 

 客殿等は江戸時代のものだそうですが、山門と土塀は室町時代の物だそうですから、すでに約600年風雨にさらされていたことになります。

 

 さて、ここまで読んでいただいた読者に感謝と敬意を込め、パンフレット等何処にも書かれていない長楽寺の見所をお教えいたします。

 長楽寺には四つの『阿吽』があります。
阿吽と言えば、狛犬や仁王像の阿吽を連想しますが、長楽寺の阿吽はその阿吽とは少しばかり趣が違い、その阿吽は長楽寺の山門で見る事ができます。

 

 山門の屋根の四隅には獅子と鷲の阿吽があります。

 

 そして、山門の梁にもボタンの阿吽があります。

 獅子とボタンと鷲、これらは全てその種の中では最強と考えられている物で、山門の四方に最強な物を置きお寺を守っていたのだと考えられます。

 そしてもう一つは・・・・・・・・・

 

 この鐘楼にあります。

 この鐘楼は本堂を解体した材料で建立されたもので、当時日本人は見たことが無いと思われる動物が阿吽に彫刻されています。

 今では動物園で子供たちに人気者のこの動物、秋の散策がてらご自分の目で確認してみては如何ですか。

 今回のお話は長くなりましたが最後までお付き合いいただき有難う御座いました。

 現在細江町気賀の国民宿舎『奥浜名湖』で長楽寺の秋の写真を9月末まで展示していますので、お時間ございましたらお立ち寄りください。

終戦の日に思う、街路樹と橋と花火の話

 浜松駅の遠鉄百貨店前に、大きなプラタナスの木が3本有ります。

 浜松市の中心部、鍛冶町通り(旧御幸通り)に昭和4年浜松市として始めて46本のプラタナスの木が街路樹として植えられたそうです。

 その後太平洋戦争末期の昭和20年6月18日、最大の被害を受けた浜松大空襲によって市街地の大半が焦土と化し一面の焼野原の中に、御幸通りの46本のプラタナスのうち3本のプラタナスが奇跡的に助かっていたそうです。

 1964年、戦火の中からよみがえった木として「市民の木」と命名されます。

 市街地区画整理事業により新川緑地に移されますが、昭和56年の遠鉄高架化事業に伴い現在の地にこのプラタナスの木は落ち着きました。

 

 

 戦火の中からよみがえったプラタナスは悲惨な戦争の生き証人と言えるでしょう。

 

 

 浜松市内には、こののプラタナス以外にも戦争の名残を見ることができます。

 

 

 浜松市南区の竜禅寺町と楊子町に掛かる楊子橋、この橋には、アメリカ軍戦闘機の機銃掃射の跡が今でも残っています。

 

 

 橋桁だけでなく、側壁の手が届く辺りにまで機銃掃射の跡はあり、それは橋の片側だけでなく両側に見られ、当時の銃撃の激しさと怖さを生々しく物語っています。

 

 平成29年8月15日、今年は72回目の終戦の日、そして8月には各地で花火大会が行われますが、この花火には鎮魂の意味が有るそうです。

 

 

 日本最古の花火大会とされている東京両国の花火は、江戸中期の享保18年に、前年の疫病の流行によって亡くなった方の冥福を祈り、災厄をはらう事を祈って、水神様のお祭りに行われたのが始まりだといわれています。

 県内でも安倍川花火や、舘山寺花火が鎮魂の意味で行われていますが、鎮魂の花火として一番有名なのは新潟県長岡の花火大会で、戦後70年にあたる2015年には真珠湾で「白菊」と言う玉名の花火が打ち上げられた事はニュースにもなりました。

 真珠湾攻撃の発案者で、当時の帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六海軍大将の出身である長岡の花火が真珠湾で打ち上げられると言う事も意味深い事です。

 

 

 夜空に打ち上げられる花火はとても綺麗なものですが、花火にはこんな意味も有る事を思いながら見てみると、また違った見方になるかも知れません。

 何気なく目にする風景のなかには、私たちの忘れかけている大切な長い歴史が隠れているかもしれませんね。

 

 最後に、長岡の花火が大好きで何度も訪れ、多くの花火の作品を残している山下清画伯の心にしみる言葉を紹介します。

 「みんなが爆弾なんか作らないで、きれいな花火ばかり作っていたら、きっと戦争なんて起きなかったんだな・・・・・・・」

 

セミ

梅雨明けを待っていたかのようにセミが鳴きだしました。

セミの鳴き声は暑さが増すと嫌う人も多いようです。確かに言われてみればそんな気

もしますが、夏の暑さが好きな私としてはセミの鳴き声は大好きなのです。

セミの羽化は夕方から朝に掛けて行われます。

セミは晴れた日の夕方、幼虫が地上に現われ近くの樹木に昇って行き羽化する用意を

始めますが、周りが明るいうちはまだ羽化はしません。

日没ごろから羽を伸ばし始め、明け方までかけてゆっくりと羽を伸ばしていきます。

セミは、外敵であるスズメバチやアリに襲われる事の少ない夜のうちに羽化を済ませ

敵が来る朝には、立派な成虫となり飛んで行ってしまいます。

クマゼミは、私が子供の頃には珍しいセミで捕獲できれば鼻高々セミの王様でした

が、近年この王様のクマゼミが増えているそうです。

私は、大阪で育ちましたので静岡の事情は良くわからないが、大阪でも近年クマゼミ

が増えていて、この傾向は全国的だと言う事です。

 

アブラゼミは何処でも見かけるセミの代表ですが、クマゼミと反対に地方によって

は減少傾向に有るそうです。

ジリジリ・・・と鳴く鳴き声が、油を鍋で熱した時の音に似ている事からアブラゼミ

と言う名前に成ったらしいのですが、真相は定かではないそうです。

 

ところで、セミの鳴き声の真似しろって言われれば「ミーンミーンミーン・ミン」

と誰でも出来ますが、このセミは、クマゼミでもアブラゼミでも無く、ミンミンゼミ

と言う種類のセミです。しかしミンミンゼミは都市部には余り多く生息しないセミで

涼しい山間部に多く生息しているセミだそうです。

「セミの声は暑苦しくて嫌いだ・・・・・」と言われる皆さん

実はほとんどのセミは暑い日中には鳴かないそうなんですよ。

クマゼミは午前中、7時~10時ごろ、アブラゼミは午後の日没頃によく鳴くそうで

それも、樹木の葉で陰に成っている涼しい所で鳴いるんです。

セミも暑いのは嫌いなようですね・・・・・・・

龍潭寺庭園

 日本庭園は大きく分けて3種類あるそうです。

枯山水庭園、池泉庭園そして、茶室などの東屋に見られる露地とも呼ばれる茶庭など

が有り、その違いから室内から楽しむ鑑賞式庭園や、船に乗って観る船遊式庭園、庭

内を歩いて楽しむ廻遊式庭園と庭の楽しみ方にも違いが出てきます。

龍潭寺の庭は『観賞式池泉庭園』になるそうです。

 日本庭園の石組みの特徴は、蓬莱山・鶴島・亀島の主に三つで構成されることが多

くこれは、古代中国の道教の『蓬莱神仙思想』から来ているそうで、龍潭寺庭園はま

さにこの典型的な石組みの庭になっています。

 その昔、蓬莱山と言う山がありました。その山は亀に似たゴウと言う生き物の上に

乗って大海原を回遊していたそうです。蓬莱山には多くの洞窟があり、その洞窟の中

には不老不死を叶えてくれるという仙人が住んでいたそうです。

と言うのが蓬莱神仙思想の概要で、この蓬莱神仙思想には後日談が有るんですが、そ

の話は後程お話しするとします・・・・

 龍潭寺庭園を正面から観ると、正面にこんもりした丘があります。

この丘は山を表し、これが蓬莱山で、そこには守護石がすえられています。

守護石を中心に庭の左右にも大きな石があります。

この石は仁王石で、中央の守護石の警護役です。

池は大海を表し、蓬莱山は亀に似た生き物の上に乗って大海原を回遊しています。

これが亀の頭で、蓬莱山を背中に乗せた亀出島になっています。

 蓬莱山と亀は出てきましたが鶴が出てきませんね・・・・・

実は既に出てきているんです。守護石を守る仁王石が左右に有りましたが、正面向か

って左の仁王石が有る場所、そこが鶴出島になります。

 中国の蓬莱神仙思想には鶴は出てきませんが、鶴は千年亀は万年と言われることか

ら蓬莱神仙思想の不老不死の象徴として日本で加えられたようです。

 ここで蓬莱神仙思想の後日談です・・・・・

蓬莱山を目撃したとの情報を得た唐の皇帝は本気で蓬莱山を探すよう部下に命じまし

たが、蓬莱山は蜃気楼で、ユラユラっとする影の蜃気楼を見て山の中に洞窟が有るよ

うに見えただけだったそうです。

 今まで龍潭寺庭園を正面から観てきましたが、龍潭寺庭園は書院から座って観るよ

うに作られているそうです。

 書院は本堂の東、庫裡の北に有ります。

本堂の北側が庭園ですから、書院から庭園は西に見るようになります。

書院から見る庭園の先には井伊家代々の霊屋が見え、更にその先には井伊家代々の墓

所があります。これらは書院から見ると、西側にほぼ一直線上にあり西方浄土を意識

した作りとなっていて、ここから見る池は三途の川と言うことになります。

龍潭寺の書院は井伊家の遥拝の間でもあると言う事に成りますね

 龍潭寺庭園は観賞式池泉庭園と先ほど書きましたが、観賞式池泉庭園とは屋内から

観る庭園の事、これがここじゃあないかと思った場所が・・・・・

ここです。

 今回は長々と書いてしまいましたが『庭は心眼で見るべし』だそうです。

難しい事は考えず自分の心の目でしっかりご覧になってください。

きっと何か感じる事が有るはずです・・・・・・・

龍潭寺

 大河ドラマ『おんな城主直虎』ゆかりの地として浜松市引佐町の龍潭寺は

全国から注目され、観光客も激増しています

 私達にとっては身近な龍潭寺ですが、改めて龍潭寺の事を聞かれても知らない事の

方が多く、そこで龍潭寺について少し調べてみました

 龍潭寺は天平5年(733年)行基によって地蔵寺の寺号で開かれたそうです

その後、寛治7年(1093年)に伊井家初代当主『共保』が葬られて時に『共保』の

法号、自浄院殿から自浄寺に改められ、井伊家千年の歴史はここから始まるのですが

南北朝時代には南朝擁立で迎えた『宗良親王』の法号から寺号が冷湛寺に変わります

 二十代『直平』の時代(1532年)に、黙宗瑞渕(もくしゅうずいえん)を招いて

龍泰寺に寺号が変わり、宗派も臨済宗になります

現在も龍潭寺の開山堂には開祖として黙宗瑞渕和尚がお祭りされています

 龍潭寺の寺号はこの約30年後

おんな城主『井伊直虎』の父二十二代『直盛』が桶狭間合戦で討死した1560年に

『直盛』の法名【龍潭寺殿前信州太守天運道鑑大居士】から万松山龍潭寺と

改められたそうで、このあたりは大河ドラマと多少違っています

 龍潭寺は小堀遠州作の庭園で有名ですが、庭以外にも見ておく所が多いお寺です

 庫裡から本堂に入って行くと、本堂には御本尊の虚空蔵菩薩の隣に1729年建立の

遠州地方で一番大きな丈六の仏像釈迦如来坐像が鎮座されています

丈六とは1丈6尺 (約 4.85m)の事でお釈迦様の身長が一丈六尺有ったとされる伝説

から仏像の基本になっている寸法で、坐像の場合は約8尺とされ、龍潭寺の

釈迦如来坐像も8尺(2.80m)で、顔に残る傷跡は廃仏棄釈の際の傷跡だそうです

 本堂前にも『補陀落の庭』と言うは浜名湖を見立てた庭があります

補陀落(ふだらく)とは、インド南端に有る観音菩薩様の住処(霊場)補陀落山の

サンスクリット語 Potalakaからきているそうです

 龍潭寺の廊下を歩くと、キュキュウっと音がします

鴬張りと呼ばれる廊下は、左甚五郎作と伝えられています

そして、廊下の西側の上には龍の彫刻があり、この龍の彫刻は江戸時代中期の仏殿

に使用されたていた蛙股の彫り物だそうで、同じく左甚五郎作と伝えられています

本堂の隣に稲荷堂が有り開山堂に続き、開山堂にも左甚五郎の彫刻があります

 開山堂から北に進むと、伊井家霊殿があり

龍潭寺が伊井家の菩提寺だという事がよく分かります

 伊井家霊殿を回って小堀遠州の庭に行くわけですが

庭については次回詳しくお話しすることにしますのでお楽しみに・・・・・・

(H29.4.1)

梅のトンネル

 今年から始まったNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で、浜松市北区が盛り上がっています。

『おんな城主 直虎』の舞台、引佐町の龍潭寺は小堀遠州作と伝わる庭園でも有名なお寺ですが

お隣の細江町にも小堀遠州作と言われる庭園があります。

これらの庭園については次回お話しするとして、今回は細江町の『梅のトンネル』のお話です。

 細江町の小堀遠州の庭園は長楽寺と言う古刹にあり、ここには見事な『梅のトンネル』が有ります。

 長楽寺は約1200年の歴史ある古刹で、寺の敷地は7500坪あったそうです。

現在の長楽寺は、室町時代の山門と江戸時代の客殿が庭園と共に残っていますが本堂はありません。

 駐車場から山門に続く石段がありますが、梅のトンネルには石段を上らずに奥に進んでいきます。

車でも行くことができますが、散策しながら歩いて行くほうが楽しいでしょう。

 梅のトンネルは約50m程の石段で、かつての本堂への参道です。

現在その場所には石塔が建てられ本堂の面影を偲ぶことができます。

梅の木は、昭和22年の農地解放(農地改革)で寺領を失い、収入の道を失った寺が実を穫るために植えた梅だそうです。

昭和22年と言えば70それ年前ですが、以上の歴史を感じます・・・・・・

 今年もそろそろ咲くころだと思い、2月18日に出かけてみました。

チラホラ咲いてはいましたが

全体的にはまだまだです・・・・・

 後2~3週間すれば満開の梅のトンネルが楽しめそうです。

梅のトンネルの石段は、綺麗に整備された石段ではありませんから、足元には十分に注意してください。

 次回は小堀遠州の庭園の話を予定しています・・・・・・・

(H29.2.23)

夕日

 今年も残り少なくなりましたが、今年はどんな年でしたか・・・・・・・・

 良い事、悪い事両方有って一年が終わる。

 そんな一年の終わりに、私は夕日を見に行きます。

 浜松市西区の弁天島に大きな鳥居があるのをご存知の方も多いはずですが、今の時期その鳥居の真ん中に

 太陽が沈んでいきます。

 この鳥居は正式には鳥居ではなく、弁天島観光シンボルタワーと言うらしいのですが、赤鳥居の方が一般的ですね。

 元旦に初日の出を見に行かれる方も多い事ですが、今年は大晦日の夕日に手を合わせるのはいかがですか。

 年末年始ともに天候は穏やかに晴れるとなっています。きっと綺麗な夕日がご覧になれるはずです。

 一年間、私のつたない文章にお付き合いいただきありがとうございました。

 来年もよろしくお付き合い頂きたく思い、今年の投稿を終わります。

 皆様、良いお年を!!!

(H28.12.27)

エアフェスタ浜松2016

 10月16日、浜松基地で今年もエアフェスタが開催されました。

 天候に恵まれた会場には13万人もの観客が訪れたそうです。

 午後からは、予定通りブルーインパルスの展示飛行も行われ、詰めかけた観衆を魅了しました。

 今回は、ブルーインパルスの展示飛行を一気にご覧ください!

 「会場のお客様、大変お待たせいたしました。
 ただいまからブルーインパルスの展示飛行を行います・・・・・・」

 さあ、アナウンスが始まりました、ではごゆっくりご覧ください!!

 

 

 

 

 

 

 

 

(H28.10.31)

花の名前・草の名前

 今年の夏は台風被害が多く、被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

9月に入り、日中はまだまだ夏の暑さが続くものの、朝夕はすっかり秋の気配がいたします。

涼しい時間帯に、公園などを散歩する方も多くみかけます。

 散歩するとき、皆様はどんな事をされていますか?

どんな事をするかって??

散歩してるんだから淡々と歩くだけに決まってるだろう!!

確かに、御尤もなお答えです・・・・・・・

そんな時、足元に目をやってみると可愛い出会いがあるかも知れませんよ。

ツユクサです。

 なんとも可憐な花で、夏の花の様に思われていますが俳句では秋の花だそうです。

古くから日本人に親しまれていた花で『万葉集』には月草・鴨頭草(つきくさ)の名前で詠まれています。

 マツヨイグサ、この花も良く見かける花です。

月見草と間違われる花で、 太宰治の『富嶽百景』の一説「富士には月見草がよく似合う・・・」と言うのはこの花のようです。

しかし、地方によっては月見草と呼ばれる所も有るそうですから、あながち間違えでもないようです。

 この花をご存知ですか? なんとも気の毒な名前なんですこの花は・・・・・・

その気の毒な名前とはヘクソカズラと申します。屁だけでも気の毒な名前なのにその後にクソまで付けられるとは。

なんでも、この花の葉や茎から名前の様な悪臭がするらしく、その名前が付いたそうです。

 ヘクソカズラはアカネ科の花で、花言葉は「人嫌い」

分かる気もしますね、こんな名前を付けられたらそりゃあ人嫌いにも成りますよ。

  他にも花言葉が有って「誤解を解きたい」、全くその通りでしょうね。もう一つ花言葉があって「意外性のある」だそうです。

その花言葉の通り、ヘクソカズラの別名はサオトメバナ(早乙女花)と言うそうですよ、意外ですね。

 如何でしたか、これから散歩する時、ただ歩くよりは楽しく成りそうな気がしませんか? 楽しい散歩の参考になれば幸いです。

(H28.9.8)

手筒花火

 まだ梅雨明け宣言はありませんが、既に真夏の暑い日が続いていますが、暑い夏と言えばビールと花火。

今回は、この地域ならではの勇壮な手筒花火を紹介します。

 手筒花火は、豊橋祇園祭の花火で有名な吉田神社が発祥の地だそうです。

その関係でしょうか三河・遠州・岐阜方面で盛んに行われていています。

 手筒花火は、太い竹の中に火薬を詰め、その竹をゴザと荒縄で何重にも巻いて作りますが、竹を切り出すところから全て自分の責任で作業するそうで、自分の花火は全て自分の責任に置いて作るそうです。

 手筒花火は全長1m程の脇に抱えて上げる物と、片手で持って上げる小さな物があります。

手で持つ、小さな手筒でも火柱は5m以上あがり、抱えて上げる大きな手筒に成ると、10m近くあがります。

 手筒花火の一番の見所は、終わる直後にあります。

手筒花火の底が、終わる直後に轟音と共に抜けて爆発します。

 これは「はね」と呼ばてるもので、手筒花火で一番迫力があり、見物人の拍手と歓声が一段と大きくなる手筒花火最大の見せ場でもあります。

 手筒花火をあげる者にとって、多少の火傷等怪我のうちに入らないと言いますから、まさに命がけのパフォーマンス、少しの失敗が大惨事になる手筒花火、手筒を自分で作る理由も納得できます。

 迫力ある手筒花火、7月16日(土)、17日(日)に浜松市西区舘山寺で行われる 『舘山寺町愛宕神社祭典』で、また、7月22日(金)~23日(土)には、湖西市新居町『新居手筒花火大会』で見ることができます。

 特に『新居手筒花火大会』は県下最大とあって混雑が予想されますので、行かれる方はHP等で詳しい情報を確認してお出かけください。

(H28.7.7)

加茂荘花鳥園

沖縄地方が梅雨入りしましたが、遠州地方もそろそろ雨の季節を迎えそうです。

梅雨と言えばシトシト雨が降り湿っぽく憂鬱な日が続きますが、梅雨が無くても困りますね。

雨の日は家に引きこもりがちに成りますが、雨を楽しみに出かけるのは如何でしょうか・・・・・

雨・梅雨と言えばアジサイ、シトシト降る雨の中で見るアジサイは風流この上なし。

アジサイは、わざわざ遠くまで出かけなくても近所で楽しめるのも良いですね。

反対に、わざわざ出かけでも見たい花もあります。花菖蒲です。

花菖蒲はアヤメの仲間で菖蒲湯に使われるショウブとは種類が違うそうです。

また花菖蒲は品種も多く、その数は5000種有ると言われています。

掛川市原里にある加茂荘花鳥園は約3000坪の敷地に1500品種、100万株の花菖蒲が栽培されているそうです。

日本でこれだけの品種が見られる所はココだけかもしれません。

加茂荘花鳥園は以前、加茂荘花菖蒲園の名称でしたが2014年に現在の園名に変更されました。

新東名、森掛川ICから車で約5分、入園料1500円は少しお高く感じますがシルバー(65歳)割引やJAF会員割引等有ります。

今年の花菖蒲は早いそうで、花菖蒲とアジサイが同時に楽しめそうです。

森町の小国神社にも花菖蒲園があり、ドライブがてら見比べるのも楽しい梅雨の一日になりそうです。

(H28.5.28)

浜松の桜

肌寒い日が続きましたが、やっと春らしくなり桜の季節になりました。

浜松には多くの桜の名所が有りますが、今日は私の好きな桜のスポットを紹介します。

 浜松の桜と言えば浜松城、ここは外せない桜の名所です。

お城の周りのソメイヨシノの下では、家族連れなど多くの花見客で賑わいますが・・・・・・

日本庭園の桜は静かに落ち着いて眺めることができます。

のんびり桜を眺めたい人にはお勧めの桜スポットです。

 もっとのんびり桜が見たい人には・・・・・・・

浜松市浜北区内野、内野小学校近くの土手には見事なソメイヨシノの並木があります。

内野の桜並木は地元の人が多く有名な桜の名所とは言えませんが、そこが又良い所でのんびりできます。

お弁当を持って、桜を愛でながらのんびりお散歩、癒されますよ。

 そして最後に紹介するのは・・・・・・・・・

浜松市西区入野町、佐鳴湖の南岸に有る『西湖山 龍雲寺』

龍雲寺の桜は、数こそ少ないですが見事な枝垂桜を見ることができます。

この桜の木は前住職が身延山久遠寺から苗木をもらい受け植樹したもので、樹齢は約80年だそうです。

 浜松近郊には、まだまだ紹介しきれないほどの桜の名所があります。今年の桜は長く楽しめるとの事ですから

自分の好きな桜を探してみては如何でしょうか・・・・・・・・・

(H28.4.1)

可睡斎の雛祭り

静岡県袋井市に可睡斎と言う禅寺があります。

 可睡斎は、徳川家康公と関わりも深く、可睡斎と言う禅寺らしからぬ名前も家康公が付けた名前だそうです。

可睡斎に付いてのお話は何れしたいと思っていますが、今回は可睡斎で開催中の『可睡斎のひなまつり』を紹介します。

 ひな祭りの会場と成る可睡斎の客殿瑞龍閣(国登録有形文化財)には、人形供養でお納められた約3,000体の雛人形が展示されています。

 これらの雛人形は、家庭では使われ無くなり一度は役目を終えた人形たちです・・・・・

役目を終えた人形に「もう一度命を与えることはできないか」と言う思いから『可睡斎のひなまつり』は企画されたそうです。

 人形の数は約3,000体と言われていますが、見た感じではそれ以上有るように思えます・・・・・

同じようなお雛様でも、それぞれの表情に個性が有るのが面白いですね。

 そして『可睡斎のひなまつり』の一番の見所・・・・・・・

瑞龍閣の2階、ふすまを取り払った柱の無い132畳の大広間には、日本最大の雛飾りと言われる

32段1,200体の大飾り!!

飾り付けだけでも、お寺・観光協会・人形店関係者総出で3~4日掛かるそうです。

 可睡斎には、他にも日本一があります。

それが此処です!

可睡斎の何処かにあるこの場所は、ある事で日本一なのですが・・・・・・・・

さて、それは可睡斎の何処に有るのか、どんな日本一なのか気になる方は可睡斎に出かけてご自分で探してみては如何でしょう・・・か

『可睡斎のひなまつり』は3月31日(木)まで開催されています。

〒437-0061 静岡県袋井市久能2915-1   電話番号 0538-42-2121(代)

(H28.2.7)

Once again the Blue Impulse

 今年は天候に涙したエアフェスでしたが、そのお陰で晴れの日には見られない面白い写真が撮れました。

 今回は土曜日に行われた前日訓練の写真を中心に、何時もとは一味違ったブルーインパルスをご覧ください。

 一味違ったブルーインパルス、如何でしたでしょうか・・・・・・・・

(H27.12.21)

紅葉

 秋も深まり、朝夕は肌寒さを感じる季節になりました。
 秋の楽しみと言えば紅葉狩り。浜松周辺にも見事な紅葉が楽しめる所があります。
 その中でも一番人気があるのが遠州森町の小国神社です。

  鳥居をくぐると本殿までの参道に見事な紅葉を見ることが出来ます。

  参道の途中には池が有り、水面に写り込む色とりどりの紅葉も見逃せません。

 本殿の横を流れる小川沿いにも多くの紅葉があり、この辺りは撮影スポットになっています。

 人気があると言うことは、混雑すると言うことで、早朝にお出かけすることをお勧めします。
 本殿前の駐車場は午前8時に開門しますが、小川沿いの駐車場は8時前でも大丈夫です。
 8時を過ぎると大渋滞が始まりますので、7時半頃までには現地に到着したいですね。
 先週様子を見に行ってきましたが、まだまだ緑が多く

 見頃は11月に入ってからの様に思われます。
 小国神社の紅葉には少々早いようですが、細江町気賀に今が丁度見頃の紅葉が有ります。

 浜松市北区細江町気賀7953-1にある『長楽寺』は、約1200年前の平安時代初期に弘法大師によって開かれたとされる真言宗の由緒あるお寺で、春には見事な梅のトンネルで知られています。

 小堀遠州作と伝えられる回遊式の庭園には約200株のドウダンツツジが今紅葉の見頃を迎えています。
 今年のドウダンは例年より早く色づき、11月始めには落葉しそうですので早目にお出かけください・・・・・・・・・

 

(H27.10.28)

富士山

 富士山は標高3776m、日本最高峰の山で3000m級の独立峰としては世界的にも名高い山です。

 その姿は360度何処から見ても美しく、日本の象徴的風景で2013年には世界文化遺産に登録されました。

 夏山シーズンには数十万人の登山客が訪れ、観光化と自然環境保全との相反する難しい問題も多いようです。

 四季折々の表情を見せてくれる富士山は、登山される人だけでなく写真愛好者にも根強い人気があり、斯く言う私も年に数度富士山を撮りに出かけます。

 春の桜に始まり秋の紅葉そして冬には雪化粧、特に人気があるのは4月と8月の20日前後に見えるダイアモンド富士です。

 夏の富士山は、日中ゴツゴツとした力強い山肌を見せ、夜にはまた別の顔を見せてくれます。

 日暮れとともに頂上まで続く光は登山者の列、ご来光を拝むための光の列は日の出まで続きます。

 今年の登山シーズンは9月で終了し、登山道は閉鎖されました。

 これから富士山は紅葉の季節をむかえます・・・・・・

 

(H27.9.15)

花火の季節

 セミの声と共に本格的な夏がやってきました。夏と言えば花火、浜松でも今週末から各地で花火大会が行われ、26日(日)の『かんざんじ温泉灯篭流し花火大会』を皮切りに8月1日(土)には『鹿島の花火』、2日(日)には『三ケ日花火大会』と続いていきます・・・・・・・

 『鹿島の花火』は天竜区二俣の山間を流れる天竜川の川原から花火が打ち上げられ、花火の音が山々に響き渡り、迫力の有る花火が楽しめます。

 翌週の8日(土)には、全国的にも有名な『ふくろい遠州の花火2015』が行われます。全国の花火師が文部科学大臣賞を賭けて競い合う大規模な花火大会ですが、混雑も殺人的な状態になり、花火見物にもそれなりの覚悟がいります・・・・・

「そんなに混雑する花火大会は嫌だ!!」私も同感です。

 そんな方には、同じ日に行われる『佐鳴湖花火大会』ここはお勧めです。

 浜松市西区の佐鳴湖で開催される花火大会は、10号玉の打ち上げ花火中心の迫力ある花火大会で、特にスターマインは湖面に写り込む花火が幻想的で見ごたえがあります。

 そして、私が一番お勧めしたい花火が・・・・・・

手筒花火です!!

 東三河、現在の 愛知県豊橋市、吉田神社が発祥の地とされている手筒花火は、人が脇に抱えて上げる花火で、大きいものだと10数メートルの火柱が上がります。

 手筒花火は青竹の節を取り、その中に火薬をつめ周りをタタミ表や荒縄で巻き固めた物で、竹の切り出しから火薬の調合、火薬積めまで、全て手筒花火を上げる本人が行います。

                                  

 手筒花火は東三河が発祥ですが浜名湖周辺でも盛んに行われ、中でも『遠州新居の手筒花火』が有名で、今年も今週末24・25日に行われます・・・・・・・

花火は見に行きたいけど、花火大会の日程には予定が有って行けないと言う貴方には

浜松市西区舘山寺『はまなこパルパル』で行われている花火大会がお勧めです。

 8月の毎週金・土・日と10~13日の毎日、午後8時から5分間、150発の花火が打ち上げられます。時間は5分と短いですが、次々に上がる打ち上げ花火はお子様も飽きることはありません。

暑い夏、ビール片手に見る花火、良いですね~~~~

(H27.7.20)

遠州森町花の街

 遠州の小京都とも呼ばれる森町には、あじさい寺・ききょう寺・萩の寺と、花で有名な三つの古刹があります。

今回は遠州森町をドライブしてみましょう・・・・・

 浜松から森町には袋井市を経由するコースと浜北大橋からのコースが有りますが、今回は浜北大橋からのコースを選びます。

 県道61号線で浜北大橋を渡り進んで行くとT字路の信号に突き当たります。

左折北進し、豊岡南小入り口の信号を右折、峠を越え道なりに進むと大当所南の信号。

今度は左折、天浜線の踏切を渡りすぐ右折すると、道は県道40号線に。

峠をもう一度越え、坂が終わった当たりを左折すれば「あじさい寺」の駐車場に着きます。

「あじさい寺」は極楽寺といい、養老年間に行基さまが開創されたお寺だそうで、ご本尊の阿弥陀様は行基さま自ら彫られたと伝えられています。

 拝観料500円をお支払すると小さな可愛い絵馬が頂け、それが入場券になります。

 境内には50種類13000株の紫陽花が植えられ6月から7月上旬まで次々咲いていきます。

 あじさい寺を最初に訪ねたのには訳があります・・・・・

此処の駐車場では「ききょう寺」の人が割引券を配っています。

それをいただき次の訪ねるのはききょうで有名な香勝寺。

 極楽寺から県道40号線にもどり左折、道なりに進むと道は二手に分かれます。

谷崎の交差点です。谷崎の交差点を左に取れば、秋の紅葉で有名な小国神社ですが、まずは右に進み香勝寺を目指しましょう。

 香勝寺は、少々分かりにくいので県道に出ている看板が頼りですので見落とさないようにして下さい。でも大丈夫、看板は沢山出ていますので問題なくたどり着けると思います。

 香勝寺には境内から裏山一面に40000株のききょうが植えられ日本最大級の桔梗園だそうです。拝観料は500円ですが、先ほど頂いた割引券で450円とお得になります。

 ききょうは、早咲きが6月中旬~7月中旬、遅咲きが9月上旬~中旬にかけて咲きます。

境内のききょうは楽に見ることが出来ますが、裏山に登るには中々の体力勝負になります。

 桔梗は如何でしたでしょうか・・・・・

 続いて「萩の寺」蓮華寺を訪ねるのですが、ここが少々分かりにくいかも知れませんが、森町の街中を目指し森町役場を過ぎ森町郵便局を左折するコースが分かりやすいと思います。

 蓮華寺も行基様が開創されたお寺だそうで、森町で一番古いお寺といわれています。

 萩は「草冠」に「秋」と書くように秋を代表する花ですが、早いものは4月中旬から咲き始め、10月初旬まで楽しめるそうです。

 嬉しい事に、蓮華寺の萩は無料で見ることが出来ます。

 さてさて、此処まで森町の花めぐりをしてきましたが、お帰りは如何しましょうか・・・

先ほど素通りした小国神社に戻れば、丁度花菖蒲が見ごろです。

新東名の森掛川ICから高速バックと言う選択肢もありますが、折角なのでもう少し足を伸ばし、加茂荘花菖蒲園もお勧めです。

 桃山時代から続く庄屋加茂家の屋敷で、約3000坪の敷地に1500品種

100万株の花菖蒲、それはそれは見事なものです・・・・・

(H27.6.13)

菊川の棚田

菊川市上倉沢に『せんがまち棚田』と言う棚田があります。

 せんがまち(千框)棚田」の框(かまち)とは、上がり框・床框・縁框などの「框」の事で、千枚の小さな田んぼという事になりますが、最盛期には千枚どころか田んぼは3000枚以上あり、毎年30tの米を収穫していたといいます・・・・・・

 減反政策や生産効率の悪さから後継者不足となり、棚田も荒れて行くなか平成6年に『千枚田を考える会』が設立され棚田の復田活動をしています。

 しかし、棚田を復田させることは大変な作業で、現在復田出来ているのは最盛期の1/10だそうです。

 棚田の周辺の草が生い茂っている辺りも元は棚田だったそうです。

 せんがまち棚田では、毎年『せんがまち棚田あぜ道アート』が開催され、今年も6月6日(土)に開催される予定です。

 棚田のあぜ道に1100本のキャンドルと50本のかがり火が焚かれ・・・・・・

 それは見事な光のアートが出現します。

 初夏の思い出に、是非皆様もお出かけてみてはいかがですか・・・・・・・

(H27.5.27)


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